プロゴルファー『合田 洋』公式ブログ
ゴルフダイジェストカップ

 10月21日
しのつく雨のなか、今年のGDカップ(ゴルフダイジェストカップ)が開催された。
 小生も、週刊ゴルフダイジェストで連載をさせて頂いているという関係から、そうそうたるメンバーの末席に名を寄せさせて頂いたという次第である。

 場所は、静岡県は裾野市、東名カントリークラブ。
旧いゴルファーであれば馴染み深いかと思うのだが、かつての秋のビッグイベント 『ゴルフダイジェスト・トーナメント』 が開催されていたコースでもある。
もちろん小生も、幾度となく出場し、ある意味、煮え湯を飲まされたという一人で御座る(笑)。

 昨年は、クオリファイニングトーナメント・3rdステージ(QT・3rd)と、このGDカップの日程がバッティングをしてしまい、出場を断念せざるを得なかったのだが、今年はQT・3rdが来週の火曜日(26日)から始まるということで、久々にヤッて参りました 東名カントリークラブ というわけだ。

 愛鷹コースと→裾野コースという順番でラウンドしたのだが、後半に回った裾野コースは、ゴルフダイジェスト・トーナメントでのOUTコース。何とも懐かしい気持ちに包まれながら、相変わらず、何とも難解なグリーン上で3パットを連発したという体たらくであった。





※3番ロングホール。だらだらと登り続ける心臓破りのロング。このホールの第3打目に、かつて芹澤信雄プロが、残り100yから三度ダフって6オンの憂き目に合い、ラウンド終了後は血眼になってウエッジばかりを練習し続けていたことがあった。延々登り続けるため、終いにアゴが上がってしまって、ダフっちゃう時がある。でも100yから3回ってのは、少しダフり過ぎでしたね(笑)。




※OUT最終9番ホール。下りのミドルホールだが、なかなかのホールロケーションでしょう? 全体的にはトリッキーなコースだが、晴れた日のロケーションは格別で、しかも毎年毎年素晴らしく整備されていたグリーンは、当時、太平洋マスターズの開催コースである太平洋クラブ・御殿場コースと双璧と賞賛されるほどのコンディションとスピードを醸していたのである。



 キャディマスター室などに御挨拶に参りましたが、その対応はとても温かく、ゴルフダイジェスト・トーナメント開催当時から、東名カントリークラブのクラブスタッフの行き届いた対応は大変評判が良かった。それは今でも変わらずに、小生如きプロゴルファーの挨拶に対しても、心からの笑顔が何とも嬉しいという一日となった。かつての戦場は、当時の気持ちとは打って変わって、懐かしいばかりで御座ったなぁ。

 スコアですか? スコアは「−1」。試合の時にも、だいたいこんな感じのスコアだった(笑)。
いくつになっても、進歩しない男なんですよ。ほんと



Posted by : 合田洋 | 記事 | 15:30 | - | - | - | - |
これからも時々、中国に御邪魔します。

 実は小生、今年なってから、中国は北京に於いて定期的なゴルフレッスンを行っている。
中国駐在の日本人のかた、もちろん中国人のかたなど、進境著しい中国という国で、国籍を問わず様々なかたに対して、ゴルフのレッスンを敢行しているというわけで御座います。

 レッスンに携わるプロスタッフは現在2人、まだまだ2人で何とかヤッてゆける御客様の人数だが、どうやら御客様の多くに御満足を頂いているようで、受講人数は徐々に増えてゆく傾向にあるようだ。

 レッスンを行うプロスタッフは、不詳小生・合田洋と、もう一人は90年代の女子プロゴルフ界を席巻した 山崎千佳代プロ。
 山崎プロとは十代からの知り合いで、共に近隣のゴルフコースに所属していたという関係もあってか、男女という壁に隔たれてはいたものの、若年の頃には、お互いをライバルのようなイメージで捉えていた旧き良き友人の一人なのであります。
 ともあれ、二人して、ちょうど同じような頃にプロテストに合格し、ツアーに参戦をしていたが、また、ちょうど同じような頃にトーナメントの第一線を退き、現在このような形でレッスンという仕事に携われたことは、ある意味、幸せだと思ってもいる。
 まぁ、そんな我々レッスンスタッフ(現在は2人だが)が、日々綿密なディスカッションを重ねて、「御客様それぞれに最も良いアドバイスを行っていこう」という 個別スタイルのレッスン だから、スキルアップは元より、御客様の満足度もそこそこ悪いものではないのでしょうね。




※天安門の望楼より、世界三大広場の一つ 『天安門広場』 を望む。56の民族が混在する他民族国家・中国の象徴的な場所で、様々な民族衣装に身を包んだ人々が処狭しと行き交う。訪れたこの日は “晴れ” なのだが、何故か遠望がきかない。白濁の空もまた北京の特徴なのである。

        

 
Posted by : 合田洋 | 記事 | 08:44 | - | - | - | - |
46歳

 おはようございます。
 
 やっぱり雨だったな。予報通りだ。

 10月10日の雨は、過去に本当に記憶がないくらい無くて、そう言えば小学校4年生か5年生の時には雨が降って、外で遊べないということで家に友達を呼んで、そのとき昼飯にオフクロが作ってくれたカレースープが、ことのほか旨かったという記憶があるくらいのものだ。
 転勤の多かった家庭に育ったんだが、本当に晴れる日が多かった。
それは、東京オリンピックの開催日が10月10日に決まったということにも関連していて、昭和39年(1964年)以前にも、10月10日という日は晴天になる確率が非常に高かったという統計上の数字があった。だから今日の雨は、数字上(統計的)も極めて珍しいということが言えるのであります。


Posted by : 合田洋 | 記事 | 10:10 | - | - | - | - |
思い思いに書いてみる。
 
 もともとは、「筆不精」と言える小生であります。
 
 人前も苦手だし、ましてや知らない人に、自分が何を考えているだの自分の近況をお話するなど、まったく とんでもない話 でして、お恥ずかしいのは元より、正直言って「面倒くさい」の一言に尽きるということもあるのですが(笑)、数年前から気まぐれに書いていた『samurai 闘う男達』というブログの記事に、アクセスし続けてくれているという奇特な方々が、更新を期待してくれているという声を多く聞くに及び、このまま消えてなくなっちゃおうかな と考えていた もう一人の自分の尻を蹴り上げるようにして、ここにやって来たという次第であります。
 
 今でも疑問なのは、分かり難くも読み辛いと当の本人が自覚をする我が文章に、どうやら期待してくれている人がいるということですが、それはそれ、この イージス・エイトの記事(ブログ)だけは、大げさに言えば、己の生涯の一つの使命くらいに考えて、しっかりと継続してゆこうと考えております。
 
 ちなみに、バックナンバーの 侍プロゴルファー紹介 という記事は、後に、こちらに転載します。
この 侍ゴルファー達を紹介した経緯は、別に彼らの成績を優先したり小生が人間的に好ましいと考えた選手を記事にしたわけではなく、歴史好きの小生が、「確かに侍である」と感じた選手を、まさに自分の感性で勝手に御紹介させて頂いたというものでした。
 まぁ、「侍の心を持つ」という人間を対象にしたわけですから、既に優勝したり一流選手と呼ばれる人間も何人かはおりました。ですが、その多くは未だ未勝利のプロゴルファー達でもあったのです。
 ところが意外なことに、みんな勝つんですね。正直言って、とても不思議でした。
ともあれ、今年の夏、関西オープンで優勝を遂げた 浜の与一 こと野仲茂くん。彼のツアー初優勝をもって、ツアー未勝利の侍は現在ただ一人となっておりますから、侍プロゴルファーのほうも更新しなければなりませんね。


Posted by : 合田洋 | 記事 | 10:07 | - | - | - | - |
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